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8月24日 (木) 処暑の初候
昨日から、処暑である。 七十二候の第四十候、綿の柎(はなしべ)開く、と言われる処暑の初候だ。 今日も8月24日は、世界史ではイタリアのポンペイがベスビアス火山の火山灰に埋まって姿を消した日、時に79年。 日本では、石川五右衛門が釜茹でにされた日だ。1594年。 上記は、先ごろ急逝された落合正勝氏の著作「七十二候」の内容によるものだ。落合氏は生活をやや洒脱な視線から見たルポルタージュや、評論を得意とされていたが、その早い晩年は、服飾評論家としても著名で、日本に前衛でないイタリア服、日本ではクラシコ・イタリアとしてブームになった服の火付け役でもあった。イタリアの男性衣料と言えば、それまではアルマーニに代表される、所謂デザイナー・ブランドが一般的だったが、我が国の服好きの男性に多く見られる体型、短躯短足出腹にはなんとしても着こなしが不可能だった。バブル期には、やたらオーバー・サイズのダボダボな服を身につけたトッチャンをよく目にされた事と思う。クラシコ・イタリアは、一見コンサバティブなシルエットで、中高年以上が元々のターゲットである為に価格も高く、「粋人は隠れたところで金使い」的に、上記の服好き達の数寄心を刺激したのだ。言ってみれば、落合氏は日本の服オタクの救世主でもあったのだ。これからも、独特の洒脱な評論を楽しませて頂きたいと思っていたが、とても残念である。ご冥福をお祈りしたい。
さて、こちらも本の話だが、知人のUさんが翻訳本を出版された。「砂漠の女王」というタイトルの、イスラムの民を愛し、イラク建国の母と言われる、英国富豪令嬢ガートルード・ベルの生涯を綴った本である。 カナダ生まれのUさんは、K大法科を出られた後、SAIS(J・H大学高等国際問題研究大学院)にて修士号を取得され、そのSAISと米国中東問題研究所で客員研究員として活躍された後、外務省専門調査員として在クウェート大使館に赴任され、現在は某大型政党で政策の研究・調査・立案をされている、最近の中東問題のエキスパートだ。 実は昨年、Uさんが「論座」という雑誌に、今回の本の主役、ガートルード・ベルについての考察を寄稿なさる旨のお知らせを頂いて拝読し、その識見の高き事に大変感じ入ったのである。 そんなUさんであるから、今回の翻訳本はまさにはまり役と言っていいのではないかと思う。 最近の、荒れる諸々のイラク情勢に少しでも興味のある方は、その国として成り立ちや、歴史的経緯などにおいて、この本が大いに参考になることを請合うし、1人の女性の生涯を綴った記録としても、その情熱と行動力に唸らされるものがあろう。
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8月23日 (水) 飛騨の桃。
先日、「乗鞍と高山」の記述で書かせて頂いた、高山のHさんから、飛騨の桃をお送り頂いた。 白鳳という品種名に恥じない、甘く果汁たっぷりの桃で、皮を剥いていても果汁がポタポタと流れ出てきて、がぶりと歯を立てた時の柔らかい中にも何とも言えない快い歯当たりが堪らない。その瞬間に口の中に溢れる、香気と甘味、果実味たるや、もう筆舌に尽くし難い美味さである。 収穫のタイミングや、選別等、理由は色々有るのだろうが、私にとって、やはり飛騨の桃は最高だと思う!
Hさん、いつもありがとうございます。ご馳走様でした!
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8月8日 (火) 富士山クリーンアップ登山&サイクリング。
8月5日の土曜日、富士山のクリーンアップをめざした清掃登山&サイクリングイベント「El Tour de Mt.Fuji 2006」というイベントにお邪魔して来た。 8/4(金)は河口湖口5合目から頂上までの登山道のクリーンアップを実施し、翌日のサイクリングでは特製メッセージフラッグを自転車に取り付けて、周回道路約100kmを走るというものだ。
私は、このイベントの主催者のお一人である、Sさんにお誘い頂き、軟弱にも午後のバーベキューのみに参加させて頂いた。実はSさんは、昨年のツール・ド・草津にGLを招待したサイドの方で、草津の直後に弊サイトをご覧になり、これまで色々な情報やお誘いを頂いていたのである。
今回のイベントは、エコ・フラッグ・ムーブメントという地球環境を守る為のボランティアを提唱する組織の一部門である、G.S.A(グローバル・スポーツ・アライアンス)という団体の主宰であり、Sさんはそちらにもご協力していらっしゃるらしいが、お得意なスポーツはヨット。それも、湘南で学生時代からセイリングをしていらっしゃったという、パリパリの「湘南ヨットマン」なのだ。
今回のイベントでは、自転車で走られた方達も、元々はマリン・スポーツや、他のスポーツをしていらしたが、近年スポーツ・サイクルに興味を持って、始められたという方が多かったのだが、そこはやはりスポーツマンの集まり、前日のクリーンアップ登山と100kmの走行距離をこなされても、キビキビと小気味良く動き、話し、食べ、実に爽やかであった。
私は、スポーツを愛する人間であると同時に、WHOの憲章を信奉する人間でもある。「健全な精神は、健全な肉体に宿る」という誰もが一度は聞いたことがあるであろう、あの言葉だ。日本人は、よく精神論をぶつが、私は、この言葉の通り、人間はまず肉体だと思っている。肉体が不健康な人間の精神が健全な訳など無いと思っている。なぜなら、人間は肉体が衰えたり病んだりすると、他人に理不尽な要求をしたり、自分本位にしかものを考えられなくなったり、肝心な時にきちんとした発言や行動ができずに裏でこそこそと埋め合わそうとして、それを自分の不健康や加齢のための当然の権利だと、甘えた思い込みで誤魔化しをしたりするからだ。 私は、「思いやり」とか「優しさ」というものは、少なくとも自分のすべき事を他人に押し付けたりせず、黙々とこなせるくらいの体力は持っていなければ体現できないものであり、自然に身に付くような甘いものではないと思っている。 そして今回、ボランティアの精神というものは、その最たるものの一つであるという事を、改めて強く実感した。
いわゆる金儲けのタイアップものなどではない、自発的で積極的な活動をしたスポーツマン達の、日焼けして充実した爽やかな笑顔に、最大の敬意を表したい。
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8月1日 (火) 乗鞍と高山。
弊サイトをよくご覧になっている方や、スポーツ・サイクリストの方は、よくご存知だと思うが、「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」という、自転車のホビー・レースが存在する。長野県の県道乗鞍岳線(乗鞍エコーライン)を、鈴蘭から畳平までの約22kmを登坂するレースだ。二十代の頃、毎年参加していたのだが、昨年、10年ぶりに走って、かつてのベストタイムのダブルスコアを出してしまった。
この乗鞍の登坂レースは、毎年八月の最後の週末に行われるが、このレースが近付いて来ると、飛騨の高山を思い出す。乗鞍エコーラインで畳平まで登って岐阜県側に入り、乗鞍スカイラインを下って真っ直ぐ行けば高山に着く、という地理的条件から思い浮かべる訳ではない。乗鞍のレースの話をすると、いつも、「帰りに高山に来ればいいのに。」と言って下さる、高山在住の古い知人の方を思い出すからだ。 Hさんは、私の家とは古くからお付き合いがあり、父も、幼少時代の私も、大変良くして頂いた。代々の高山の豪商の直系で、現在もお名前を冠したH記念館や、御一族の造り酒屋がある。子供の頃には、夏休みに招いて頂き、名物の朝市や、上高地、白河郷など、色々なところへ連れて行って頂いた。もっとも、その頃の私は、虫捕りの方が楽しく、早く解放されてクワガタを捕りに行きたいと、大人達の親切をいささか迷惑に思う(笑)お子ちゃまであったが。 Hさんご夫妻は、上京されると我が家に遊びにいらして、私の両親と食事に行かれたり、なんやかやとしていらしたが、特にご主人は父とウマが合ったらしく、お一人で上京された時も、よく父と遊びに行かれていたし、父もよく高山に誘って頂いていた。私の乗鞍のレースの話を聞かれるといつも、「近くに来てるんだから、どうして帰りに寄らない。」と言って下さった。私が、当日は交通規制で、レース参加者は岐阜県側に入れない旨を説明すると、「別の時にでもいいから、たまには友達とでもいらっしゃい。」と言って下さった。しかし、次の年には忘れてしまわれ、また、「近くに来てるんだから・・・」とおっしゃるのに、若い私は、正直閉口したものだった(汗)。 ある年、もう寒くなってからだったと思うが、暫らくご連絡が無かったHさんから、突然父に電話があり、これから高山に来ないかと、とても熱心なお誘いがあり、父は予定を遣り繰りして、急遽出立した。高山から、日本海北陸方面にかけて、色々とHさんでなければご存知でないところへ連れて行って頂いたようで、帰宅した父の喜び様は大変なものだった。 その2日か3日後だった。Hさんのご主人が亡くなったと、お電話を頂いたのは・・・。元々、糖尿病の持病を持っていらして、心筋梗塞の発作を起こされたそうだ。私の父は、私から見て、どちらかと言うと鈍感と言うか、ぽやんとした人間だが、受話器を握るその父の眼が、みるみる真っ赤に腫れていったのを今も覚えている。そして、後日お会いした奥様が、「旅立つ前に***ちゃんと遊びたかったのよ。」と言われた事も。 Hさんの奥様は、それからも上京されると我が家にいらっしゃって、まるでご主人から相続したように、私の乗鞍のレースの話になると、「近くに来てるんだから・・・」とおっしゃり、翌年には忘れられてまた同じ事をおっしゃった。 その奥様も、3年前に脚を悪くされて、最近では殆ど上京されなくなったが、お電話を頂いたり、土地の名産をお送り頂いて、父が、東京に名産が少ない事をぼやきながらお返しを探す光景は、ご主人の生前と変わりない。 乗鞍のレースでは、ゴールした後に岐阜県側を臨んで、「Hさんのご家族は元気かな?」と思いを馳せるのが、私の乗鞍のレースの慣習だったが、レースに出なくなった10年間、その感覚を忘れていた。昨年、本当に、ゴールした瞬間に思い出し、岐阜県側を振り返るのをとても懐かしく感じた。Hさんのご家族がご健在なのはわかっているが、私の乗鞍のレースは、Hさんとご家族、そして子供の頃に初めて訪れた高山の思い出を想起させるイベントでもある。 でも、今年は行けるだろうか?
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