5月17日 (水) ダビンチ・コード。
待ち時間に連投。
詰まらないとは言わない。しかし、キリスト教題材で・・・とくれば、それだけでヨーロッパの『バットマン』。加えて、ダビンチ、モナリザじゃ、西ヨーロッパの人が喜ぶのは解るけど、長い歴史の有る国の、自国の歴史を知る人間が呆気にとられるほどのもんじゃないと思うがいかがだろう? それにおそらく、ヨーロッパでは教養のある方には受けないだろう。読まれてみると解かるかと思うが、執筆する前に映画化が決まっていたという感の、ドラマの脚本みたいな軽さ・薄さにどうにもせせら笑わせられてしまう。バチカンを見られると思っていたら、長崎に連れて行かれてしまった、とでも表現すればいいのか?まぁ、アメリカ生まれの人間が書いたのだから仕方が無いか、という感じ。ゴッド・ファーザーのがまだ深みがある。テーマの割に重厚さに欠けると思うんです。深みのある文章に慣れている、欧州のインテリ達は、肩透かしというか、アリャリャ?って打っちゃられる筈。 この程度のものなら、私は日本人にとって、日本史のミステリーの方がずっと面白いと思う。「応神天皇の死の顛末!?」とか、「蘇我氏は、国王になっていた!?」とか、「天智帝と天武帝は、実は兄弟ではなかった!?」という話題の方が、何倍も興味深いし面白いと思うが。 百歩譲っても、中国の史記や捜神記の方が、私にとってはずっと面白かった。 誰かが言っていたが、同じ時間を使うなら、キトラの白虎でも是非見に行って欲しい。日本の歴史の長さと奥深さが、肌で感じられるだろう。 まぁ、万葉集が暗号で云々とか、韓国語で読めるとか言うゲテモノはごめんだが。 誤解の無いように書いておくが、詰まらないと言っている訳ではない。読んだ事が無い方は、読まれるといいだろう。それなりに面白いと思いますよ。だが、和訳本が出た時も、今回の映画公開もそうだが、凄い凄いと言われ過ぎで「そうかぁぁあ?それ程でもねぇぞ〜、俺っちの国にゃあ、もっと面白い話いっぱいあるけどな〜」と言いたくなった訳だ。
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5月16日 (火) プレ・ナレーション。
プレ・ナレーションというものがある。ドラマなどの、ストーリーが始まる前や、 オープニング・テーマの前後に語られる、ストーリーや主人声紹介のナレ ーションで、大体、落ち着いた迫力のある声の方が喋る。 時代は前後するが、私が子供の頃から印象に残っているプレ・ナレーシ ョンは、下の4つ。
「豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃、琵琶湖の南に金目教という怪しい宗教が 流行っていた。それを信じない者は、恐ろしい祟りに見舞われると云う。 その正体は何か? 藤吉郎は金目教の秘密を探るため、飛騨の国から仮面の忍者を呼んだ。 その名は…赤影参上!」 (仮面の忍者赤影)
「裏柳生、口伝に曰く。闘えば必ず勝つ、これ兵法の第一義也。人としての情を断ちて、 神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る。然る後、初めて極意を得る。 かくの如くや、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、豈遅れをとるべけんや!」 (柳生一族の陰謀TV版)
「黒船此の方、泣きの涙の捨て処無く、江戸は久しく針地獄の様、呈しおり候。 尽きせぬこの世の恨み一切請け負いまして、万に一つもしくじり有るまじく候。 尚、右の条々、闇の仕事の定め書き、口外法度の仕留め人。」 (必殺シリーズ 暗闇仕留人)
「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは、世界征服を企む 悪の秘密結社である。仮面ライダーは、人間の自由のためにショッカーと闘うのだ!」 (仮面ライダー)
赤影の本放送だか、再放送は幼稚園の時。だから、幼稚園の時には豊臣秀吉 の前名が木下藤吉郎だと知っていました。織田信長も知ってた。どんな人かは 知らなかったけど。小学校に上がって、子供用の歴史本(有ったよね)読んで、 「おぉ〜、赤影を雇った人はこんなだったのか!」と思うと同時に、近江という土 地の重要性を『おぼろげ』に認識し、金目教が何故、『琵琶湖の南』に流行ると いう設定になったのかも、なんとなく理解したような気がしたものだ。 光線が出るのも、レントゲンで心臓潰したり背骨折ったりするのも、おんなじ必殺 技だし、大人も子供もたいして変わんないもの見て喜んでるということだ(笑)。
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5月12日 (金) 悪魔の数字666。
リメイクされたオーメンが、今年(06年)の6月6日に公開されるらしい。 この作品は1976年に初作が公開されているが、悪魔の申し子である美しい幼児の、冷たく恐ろしい視線と、「悪魔の数字は666である」というキャッチフレーズと共に大ヒットして、エクソシストと並んでアメリカ悪魔映画の双璧となった。 しかし、悪魔を表す数字が「なぜ666なのか?」という説明は無く、知識的には消化不良であったにも関わらず、リズミカルな恐怖シーンに観客の多くはその事に気付かなかったようで、話題にもならなかった。 今回、リメイクの公開を控えて、「なぜ666なのか?」をここに書いておこうと思う。 この事は、ヘブライ語にある程度知識がないと理解できないのだが、知識のない方にも解りやすく説明すると、ヘブライ語においては数字というものが存在しないため、文字がそれぞれ数字としても機能していて、固有の数値をもあらわすのだ。単語は文字が組み合わさったものであるから、構成する文字の数値を合計したものが、そのもの(単語)を表す数値となる。もっと簡単に言えば、数字も文字で表現しているという事だ。加えて、聖書などの記述はギリシャ語やラテン語であるが、ヘブライ文字は子音だけなので、母音を除き子音と母音的子音の部分のみ加算しなければならない。 例えば、アブラハムを表す数値は、 Abraham:A(1)+B(2)+R(200)+H(5)+M(40)=248 となる。 で、悪魔だが、大天使長ミカエルと対立する悪魔は、太陽の悪魔といわれるソラト。 Sorath:S(60)+O(6)+R(200)+TH(400)=666 そして、666が獣の数字とも言われるのは、「悪魔はメシアと同じく獅子をシンボルとしている」という出典による。獅子は、太陽の象徴表現である。 また、ルシファーは冠の天使と呼ばれ、天上にいる時はミカエルの上席で第一位の天使だったが、天界で反乱を起こし、神によって地獄に堕とされ悪魔の王となったのは、ご存知の方も多いと思う。この、「冠の天使」はヘブライ語でハカトリエル。 Hakathriel:H(5)+K(20)+TH(400)+R(200)+I(10)+E(=A=1)+L(30)=666 なぜ、悪魔を表す数字(数値)が666かお解りになった事と思う。因みに、ルシファーが地獄に堕ちる時に、額もしくは冠から落ちたエメラルドを天使達が神の勝利を記念して刻み、杯にしたのがいわゆる聖杯(ホーリー・グレイルストーン)である。 アメリカの映画は、大衆向けのせいか知識の欠如か?この辺りの仕込が結構いい加減で、かのイン○ィージョー○ズ三作目でも「キリストは大工だった」という事で、聖杯が木製だったのは大笑いだった(大好きな映画ではあるのだが)。確かに、磔にされたキリストが絶命した後に、槍(カシウスの槍、別名ロンギヌスの槍)で突いて出た血を受けた杯であるが、キリストが製作したわけではない。 また、エクソシストが題材として取り上げた悪魔は「パズス」だが、パズスはキリスト生誕以前に、古代アッシリアに発生した悪魔であるから、カソリックのエクソシストでは祓えない。キリスト生誕以前に発生した悪魔をカソリックの悪魔祓いで祓えない事は、きちんと教典に出自がある。 アメリカのこの系統のホラーや冒険映画は、脚本が良くてとても面白いのだが、もう少し設定を緻密にやって欲しいと思うのは私だけだろうか。
悪魔に関する事なので、長々と書いてしまった!私は、天使より悪魔の方が好きである。なぜって「悪魔は天使よりも床上手」というからだ。
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5月2日 (火) 楠木。
いつまでこんな生活が続くんだろう??? もはや、生きれば生き死さば死せ、の心境だ。
楠木正成。忠臣と誉れ高き人物である。欲心渦巻く太平記の中で、唯一、朝廷(後醍醐)に対する純粋な忠義に準じた人物と、多くの小説家がのたまい、幾らかの歴史学者までが同じ評価をしている。 武士は元々土地の在地支配人であるから、己の支配する土地の権利を守る(安堵して貰う)為に闘う。間接的である場合も有るが、その為にしか命はかけない。 では、正成が守ろうとした自家の権益とはなんだったのか?端的に言えば、寺社荘園の在地支配権である。 正成が、年貢徴発、運輸、水利等の権利を持つ地域は、河内の金剛寺の荘園域であった。彼が活躍した千早城も、金剛寺の程近くだ。当時の金剛寺の学頭、禅恵は、後醍醐のブレーンにしてパトロン、醍醐寺報恩院派のリーダー文観の直系の弟子だ。正成は、大家である金剛寺が最後まで後醍醐を支持した為に、後醍醐に食い扶持を抑えられた状態で、身動きが出来なかったのだ。 因みに、後醍醐が形勢不利になる度に転がり込んだ、吉野や笠置の寺々は、全て醍醐寺と文観の寺脈・人脈で繋がる寺々である。 鎌倉幕府は、土地支配を完遂する為に、在地支配者として、寺社や公家の荘園に守護・地頭を配した。この為、土地権益でぶつかる寺社と幕府は、元々犬猿の仲である。金剛寺は、地頭に対する用心棒の意味も兼ねて、あまりにも小勢力で出自も妖しげな、幕府の権益からあぶれた「悪党」を荘園の管理人として雇ったのであろう。 個人の問題であれば、どうとでもなろう。が、武士の権益には一族の生活がかかってくる。しかも、寺社勢力の側の人間であるから、仮に幕府についてもその覚えがめでたくなろう筈も無い。親政後の足利勢力も、武家の権益を守る組織であるから、彼の居場所は無きに等しい。 そんな諸々の理由で、悲しいかな雇われ人正成は、雇い主の意向に逆らえなかったのである。ある種の悲哀は感じるが、純粋な忠義でもなんでもない。冷たく言えば、食えるところにへばりついていただけの事である。 現代人が思い描く、武家の忠義の概念が確立したのは江戸期であり、鎌倉以前は土地権益確保の為に従い・闘うというのはあたりまえの事であった。えこひいきでも良いから、自分の権利を守ってくれる者に従い、その力が衰えれば別のものに平然と切り替える、というのが当然の事であったのだ(平治の乱で源頼朝の父、義朝が敗れると、源家累代といわれた家人が続々と清盛に寝返り、平家衰退となると、またも頼朝に従った事を想起されたい)。それを、源頼朝が、「御恩と奉公」という、双方向保証のかたちに確立したので、その意味で鎌倉幕府草創は画期的な事だったのだ。 いささか厳しい書き方になってしまったが、楠木正成の行動は、当時の武士としては、ごくごくありふれたものであったと言え、雇い主の金剛寺が支持する南朝が、あまりにも時代錯誤の感覚を持っていた為、早い晩年を迎えなければならなかったということが、悲劇といえば悲劇である。 これまた因みに、南北朝動乱などについて、南朝が正統かのように錯覚している方も多いが、本朝皇家の正統は、あくまでも北朝である。
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