Diary 2006. 4
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4月27日 (木)  今日はヘビ。

この不眠状態、いつまで続くんだろう・・・。
もう、あんまり眠気も感じない・・・。
人間食ってりゃ、ろくに寝てなくても動くもんだな。

関係無いが、私は巳年。だからという訳ではないが、ヘビは好き。というより、爬虫・両生類は大体好きだ。機能美の極致と言うか、本能の収束体と言うか、見ていて飽きない。
で、ヘビ。ガブーン・バイパーというヘビをご存知だろうか?ハブやらマムシの仲間の、血液毒系の毒蛇で、ツチノコみたいな容姿、毒牙の長さは5センチを超える世界最長を誇り、間違ってもガブーンと噛まれたくないと思うだろう。興味を持った方は、コレもググッて見て欲しい。きっと、写真が見られるだろう。
小学生の頃、椋鳩十という作家の「ハブと戦う島」という本を読んで、ハブ取りのオッサンが、夜ハブを取りにいく時に持っていく、味噌を塗って焼いたおにぎりが気に入り、夜、虫取りに行く時によく作って持っていった。
四神相応の四神にも、ヘビがいる。四神は、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武だが、この玄武は
カメの胴体にヘビが巻きついたものだ。古代中国に源を発する思想だが、この四神思想が発生した漢代には、カメには雄がおらず、ヘビを雄として繁殖すると思われていたことによる。「説文解字」にも、「天地の性広肩は雄無し、亀鼈の類は它(へび)を以って雄と為す」とある。何でそんな発想になったのか、よく解らないが・・・。実際の亀には、ちゃんと雄がいるし、甲羅とほぼ同じ長さの、長大な陽根を持っている。また、カメの話になってきたので、ヘビに戻そう。
世の中には、ヘビが進化してトカゲになったと思う人も多いようだが、実際は逆で、トカゲが進化してヘビになったのだ。ヘビは進化の過程で手足がなくなっていったのである。その証拠に、ニシキヘビに代表される、古いタイプのヘビは、ひっくり返すと胴体腹側に、足が退化した痕跡の、小さな爪のようなものを見ることが出来る。逆に、最も進化した、新しいタイプのヘビは、マムシやハブに代表される、頭が三角の、毒牙が倒れて口内に収納される、血液毒タイプの毒ヘビだ。このタイプのヘビの毒牙は、牙の中が管になって先端に穴が開いており、そこを毒液が流れるが、もう少し古いタイプの毒ヘビ、コブラなどは毒牙が短く牙に溝が有り、そこを毒液が流れる。コブラが、立ち上がって牙を叩きつけてくる動作は、動かない毒牙をより正確に獲物に打ち込むためで、牙が短いのも、長いと固定した牙を叩きつけ辛いから、そうなったのだろう。もっとも古いタイプの毒ヘビは、海蛇のように毒牙が奥歯にある。そして、古いタイプほど、その毒性が強いのも、攻撃に正確性に欠け、毒を作り出す機能も貧弱であるからだと言われている。


4月18日 (火)  もふもふの羽根布団。

また徹夜だよ。先月から殆どまともに寝てないなぁ〜。

もふもふの羽根布団で、時間無制限で寝かしてくれるなら、一週間絶食しろっていう交換条件でも、いまなら受け入れてしまうだろうなぁ〜(笑)。


4月14日 (金)  ドラキュラの城

ルーマニアで、「ドラキュラの城」として観光名所になっているブラン城が、当時の持ち主の子孫に返却されるらしい。返却される人物は、ハプスブルグを姓に持つ旧王族の末裔で、現在はニューヨークに在住しているという。
このブラン城、ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」に登場するドラキュラ城の描写にそっくりである事から、そのモデルになった城と言われ、いつの間にかドラキュラの城として観光名所になってしまったが、真正のドラキュラ城ではない。第一、ドラキュラの作者ストーカーは、生涯にわたって英国から出たことが無い。
ドラキュラのモデルとなった、ブラド・ドラクル(通称:串刺し公)は、当時ワラキア太守であり、一時領地の中にあったブラン城を使用、もしくは滞在した可能性はあるが、その居城はポエナリ城といい、もっと奥まった山間地に、現地の伝承(奥方が城から下の川の淵に身を投げて死んだという)通りに、眼下に河を見下ろす断崖に、今も聳え立っている。その奥方の血で、淵の水はいつまで経っても赤かったと言われているが、その伝承を証明するように、淵には大量の煉瓦が沈んでおり、水を赤く見せる。城は風化し、当時城であったという外見を辛うじてとどめる状態であるが、随分前にルーマニア政府が修復を決定したという報道を聞いたが、現在はどうなっているだろう?
ストーカーは、英国の図書館で、東欧の歴史書や地図などの書物だけを参考に「吸血鬼ドラキュラ」を書いた。英国の作家の風景描写には、歴史的に定評があるが、想像で書かれたものと実際の現地の風景の合致には、目を見張るものがあり、その想像力と分析力には驚嘆するものがある。


4月13日 (木)  金吾。

最近、頂くメールが多いのだが、歴史的な事象に関する質問が多いのが面白い。

今日取り上げるのは、「金吾」。
小早川秀秋という大名をご存知だろうか?関ケ原の役で西軍を裏切り、東軍の決定的勝因を作ったと言われる、豊臣秀吉の正室おねの甥である。
彼が、金吾秀秋と言われるのはなぜか?というご質問であった。

「金吾」というのは、衛門督(えもんのかみ)の中国風の呼び方である。衛門督は通常左右一名おり、位階でみると四位相当の官職であるが、大抵、中納言、参議という閣僚の最低クラスが兼任する。小早川秀秋が中納言でもあった事に注目して頂きたい。
金吾秀秋というのは、衛門督である秀秋殿、という意味である。
因みに新田義貞は、近衛中将に任官する以前は、左衛門督であったので、「左金吾殿」と呼ばれていた。


4月10日 (月)  インデックスの短歌

このダイアリーのインデックスの短歌だが、新陰流正統三世、柳生兵庫助利厳の辞世である。号、如雲斎。質問のメールを頂いたので。私の好きな歌のひとつである。


4月6日 (木)  眠い・・・。

やっぱり殆どマンスリーになりつつある。

眠い、今週は殆ど寝ていない。咽喉は痛いし、肩こりで偏頭痛がするし、口内炎が2つ3つ出来て痛い。体調的には最悪だ。

でも、桜が満開だ。いわゆる花見に行きたいとは思わないが、のんびりと湯にでも浸かりながら夜桜見物でもしたいものだ。
たらたらと、サイクリングに行くのもいい。飛ばしもせず遅すぎもせずに、険しくもなく退屈でもない春の道を、景色を愛でながら70rpmくらいで転がしたいものだ。


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